本文ここから

歴史と哲学の県立熊谷図書館

所蔵資料展示目録(平成18年度 第1回) 2006  6月27日(火)〜9月24日(日)

観 音 巡 礼 西国三十三札所を中心として

 紀元前インドに起こった大乗仏教は、その思想のもとに多くの諸菩薩を生みました。観音もそれらのひとつで、 『観音経』には慈悲の権化として三十三もの姿に身を変じて、民衆の災難、苦悩を除き、願いをかなえる仏であることが記されています。観音は大乗仏教の東漸とともにチベット、 中国、朝鮮など各地で厚く信仰されるようになりました。 日本においてもそれは例外ではなく、われわれ日本人に最も親しまれている仏といっても過言ではありません。
 実際、我が国には、古代から現代までに数多くの観音像がつくられました。有名な寺院だけでなく、多くの観音像が名も知られない小さな集落の小さな観音堂に祀られ、それは今なお、その土地の人々の篤い信仰によってささえられています。 自分もそうだという人も、又そのような光景を目にしたことのあるという人も多いのではないでしょうか。
 西国三十三観音巡礼も、時に応じ機に従い三十三の姿に身を変え、人間を救済するという観音信仰にたいする人々の心のありようを具現したものといえましょう。
 伝承によれば西国三十三札所めぐりは、養老年間、大和長谷寺の徳道上人によって創唱され、その二百七十年後花山院によって再興されたとなっています。しかしながら史実としての記録は、『寺門高僧記』(1225〜1234)の園城寺の覚忠によるものが最も古いとされています。 奈良時代には国家安寧のために信仰された観音も、平安時代になると個人救済の面が強く押し出されるようになり貴族階級に、鎌倉時代には武士階級に篤信の人々が生まれました。鎌倉から室町時代にかけては民衆のなかにも広まりをみせ始め、西国観音巡礼に倣い板東観音札所、秩父観音札所のいわゆる「百観音札所」が成立しました。
 戦乱のために戦国時代には一時期廃れましたが、徳川時代の平和な世の中に なると、特権階級だけでなく庶民救済の仏として観音への信仰は大いに隆盛をみせるようになり、全国各地に百六十余の三十三観音札所が生まれ、多くの善男善女の巡礼姿がみられるようになりました。 姿・形こそ多様化しましたが、観音巡礼は21世紀の今日でも人々の心のよりどころとして、私たちに連綿とうけつがれています。           

〈リストの見方〉
 書名 / 著編者 / 発行所 / 刊行年/ 請求記号  
※  B=文庫本 R=参考図書 D=大型図書 S=埼玉資料 稲村=寄贈コレクション

【西国三十三観音札所関連資料】

案内記・紀行等の図書資料

雑誌収載記事

その他の資料

【坂東三十三・秩父三十四観音札所関係資料】

【百観音以外の観音札所関係資料】

【巡礼・札所関係論文等資料】

【その他の観音関係資料】


ページ先頭へもどる
[ このページに関するお問い合わせ先 ]
埼玉県立図書館人文科学担当 Tel:048-523-6291 Fax:048-523-6468 E-mail:kuma-jinbun@lib.pref.saitama.jp