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歴史と哲学の県立熊谷図書館

所蔵資料展示(平成19度 第4回) 展示資料目録 2008 spring (3−6月)

総合雑誌に見る日本の近現代

 日本で最初に発行された、雑誌としての条件を満たす刊行物は、洋学者の柳河春三(やながわ,しゅんさん)の編集による「西洋雑誌」であると言われています。1867(慶応3)年のことでした。
 その7年後、1874(明治7)年には、初めての総合雑誌として「明六雑誌」が福沢諭吉、森有礼らにより発行されています。その後も時代が大正から昭和へと進むにつれ、日本における雑誌発行は興隆を極めていきました。
 しかしながらこの間、日本の出版活動は決して順風満帆に進んできたわけではありません。1937(昭和12)年の日中戦争勃発の頃から敗戦までの暗く厳しい言論弾圧の時代は、今も消してはならない記憶として、人々の胸に刻まれています。
 今回の資料展示では、総合雑誌をテーマに、当館で所蔵する雑誌「文藝春秋」、「中央公論」、「改造」の明治後期から昭和20年代前半までに刊行されたバックナンバーと関係する図書資料で当時の出版事情をご案内いたします。
 近代から現代の入口まで、およそ50年間の時代の流れをそれぞれの目で確かめていただければ幸いです。

総合雑誌とは

 政治・経済・社会に関する評論と文芸作品を掲載する雑誌のことを日本では、総合雑誌と言います。
 昭和の初めまでは、一般的に「高級雑誌」と言われていましたが、第2次大戦中の雑誌統制により類別がなされ、それ以降「総合雑誌」という呼称が定着しました。
 今回展示する「文藝春秋」、「中央公論」、「改造」をはじめ、戦前期の「国民之友」や戦後刊行された岩波書店の「世界」などがその代表的なものとしてあげられます。

文藝春秋

 菊池寛(きくち,かん)の設立した文芸春秋社より1923(大正12)年1月に創刊された月刊総合雑誌。1935(昭和10)年に芥川賞、直木賞を創設し以後、受賞作品を同誌に掲載している。
 戦時中は戦争協力に傾斜する面もあったと言われるが、1945(昭和20)年3月に休刊し、同年10月に復刊、現在にいたっている。

中央公論

 1887(明治20)年京都の西本願寺から創刊された「反省会雑誌」がその前身であり、1899(明治32)年「中央公論」と改題された。
 滝田樗陰(たきた,ちょいん)により総合雑誌としての地位を確立し、その自由主義的編集姿勢は嶋中雄作(しまなか,ゆうさく)に引き継がれた。
 1944(昭和19)年、横浜事件を契機に廃刊となるが、1946(昭和21)年1月に復刊し現在にいたっている。

改造

 改造社の山本実彦(やまもと,さねひこ)によって1919(大正8)年に創刊された月刊総合雑誌。
 戦前は多くのマルクス主義者に誌面を開放し、社会主義運動とマルクス主義の普及に貢献したとされる。
 1944(昭和19)年、横浜事件を契機に廃刊となるが、1946(昭和21)年1月、中央公論とともに復刊、1955(昭和30)年、労働争議により廃刊となった。

○展示資料一覧

〈リストの見方〉(参考・引用文献も同じ表記です。)
 書名 / 副書名、巻号 / 著編者 / 発行所 / 刊行年/ [所蔵館/請求記号]
  ※ 熊=県立熊谷図 浦=県立浦和図 R=参考図書 藜・大沢=寄贈コレクション BM=移動図書館

1 雑 誌

文藝春秋

別冊文藝春秋

中央公論

改造

2 図 書

1 文藝春秋

2 中央公論

3 改 造

4 出版史・戦時下の出版事情

◆ 展示目録、年表作成に使用した参考文献◆


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